2011.01.10       

第47話:能登島キッズランド 
        
合格達成セミナー合宿(3)

入村式を終えた後、いよいよ3泊4日の合宿本番がスタートした。

この日のセミナーは夕方4時半に開始だ。

子どもたちは、荷物の整理を終え、筆記用具とテキスト、ワークブックを持ってセミナールームに移動した。

セミナーをリードするのは、トレーナーのサムライだ。

子どもたちは、それぞれ無言で、もそもそと4時半ぴったりにセミナールームに入って席についた。

全員が席に着いたのを見計らって、サムライが言った。

「バスの中で、グランドルールを守ることを何度も言ったよな。じゃあ、グランドルールって何やったか、ここでもう一度繰り返してみよう!」

前のホワイトボードに5つのグランドルールが書かれた紙が張られ、子どもたちが復唱した。

「今、グランドルールの確認をしたけど、守れてるか?ふたつめの時間を守りますっていうところ、どうや?」

サムライが言うと子どもたちは黙った。

「僕はセミナーが始まるのが4時半と言った。セミナー室に集まるのが4時半とは言ってないぞ。なのに君らの場合、集まったんが4時半や。始まる時間は集まる時間ということじゃない。わかってるか」

サムライが続けると、子どもたちがニヤニヤしたり、何気なく頷いた。

その姿を見て、サムライが今までとはガラリと違う態度で大声を上げた。

「お前らやる気あるんか!そんなんで、ほんまに変われると思ってるんか!これをもう一度よく見て、ほんまに変わろうという気持ちでいるんか!真面目にやれ!」

サムライが、壁に張られた、子どもたちの夢シートを指差しながら言った。

夢シートには、自分の夢を達成するための子どもたちの誓いの言葉がそれぞれ書かれている。

とたんに空気が変り、子どもたちの顔色がさっと変った。

「この夢を掴むために、受験がある。君たちの理想と、今の君たちの距離はどれくらいや。そのギャップを埋めるために自分の心の中を知る必要がある。現状を知ることはそれくらい大切なことなんやぞ。ここでひとつ質問をします。今の自分をとてもよく知っているという人いるか?」

誰も手を上げない。

「じゃあ、半分くらいならわかるという人」

27人が手を上げた。残る2人はわからないと答えた。

「解らないのなら、解らないからこそ、まずは、今の自分を知ろう!」

その後、自主計画ワークブックに沿って、様々な質問が繰り返された。

例えば、塾のある日の自宅学習時間では2、3時間と答えた子どもが最も多く、塾のない日では4〜6時間と答えた子が半数以上を占めた。

これは他人との比較において自分の位置を知るためのものである。

私は、子どもたちが、自分の学習時間を答えたのを見計らって、こう切り出した。

「なあ、みんな。有名中学に合格する人は、夏休みどれくらい勉強してるか知ってるか?
 1日10時間や。夏休みは24時間自由やから、本人次第でどうでもなる。

さっき、みんなに聞いたところ、塾のない日の勉強時間は約5時間。つまり、10時間勉強する人との差は1日で5時間。これが10日になると50時間。その差が受験結果にどう出るかは明らかで、そ んなことは君らもわかってるはずや。でもできない。

勉強時間が少ないのはどうしてだろう?集中力がないのはどうしてだろう?また、イスに座っているだけで中身の濃い勉強ができないのはどうしてだろう?だって、苦手な科目だからやる気が起らないから仕方がないとか思ってないか?でも、それを乗り越えていかないと夢は叶わないぞ」

子どもたちは、自分と別の誰かを比較して、初めて自分に努力が足りなかったと自覚する。この日のセミナーは、まず子どもたちが現状の自分を知り、作り出したい成果を明確にすることだ。

勉強は楽しいとは思えないものだ。しかし、自分が決めたことを計画通りにやり終え、成果を挙げた時には、達成感ですっきりとした気分になる。

そのすっきりした気分を味わうために続けていけば、嫌いなことも継続可能になるのである。

まずは自分の弱点を知る。

いつから弱い自分になったのだろう。

再び、挙手によって塾生たちが答えた。

3、4年生の頃からと答えた子が17人。1、2年生と答えた子が9人。もっと小さい頃と答えた子がひとり。わからないが2人だった。

そして、いつからそんな自分になったのかを振り返り、その年の頃に何があったのかを子どもたちに書かせることにした。

本来なら可能なことが、他人から「君にはできない」と言われた体験を持ったために、不可能やマイナス思考が脳にインプットされる。これこそがトラウマだ。

人の顕在意識というのは氷山の頭の部分のようなもので、それ以外の潜在意識(海の下にある氷山の底)の中にダメな自分をどんどん溜めていく。

そのトラウマを知り、消し去ることで、不可能というOSを可能というOSに書き換えることができるのだ。

まずは、底に沈んでいる物を上に上げてみよう。

私は子どもたち言った。

「どうすれば、沈んでいる物を拾い上げることができるかな?まずは、言葉にして話をしてみよう。紙に書き出してみよう。

誰にでもトラウマはある。それを示すことで、そのトラウマと別かれることができる。能登大橋で、みんなは弱い自分と別れようと決心したよな。そのためにここに来たわけや」

心の手当てには言語化が必要である。

言語化することでトラウマに光を当て、トラウマを消すことができるのだ。

子どもたちには、それがわかったのかわからないのか、話に集中しきれない様子がありありと見えた。

そわそわしたり、下を向いたりしている。これも想定内のことだった。

その様子を見てサムライが大きな声を出した。

「おい!お前ら、真剣に聞いてないやないか!このセミナーに参加すると決めたんはお前らやろ!なんで、人の話を真剣に聞けんのや!真剣に聞かないと話をしている人は不安になる。真剣に聞け!わかったな?」

「・・・はい・・・」

「聞こえへん。わかった人は手を上げて!」

周りを見ながらみんな頼りなさそうに手を上げた。

「なあ、手を上げるのは自分の意思やろ。だったら周りを見ずにしっかり、ぴんと上げようや。そうしてくれたら、話した人はうれしいし、安心するもんなんやで。わかったな?」

子どもたちの手がまっすぐ天井に伸びた。

「はい、よろしい。では、この後夕食に入りますが、その前に“ありがとうカード”と“ステップアップカード”の説明をします

これからこの3日間、子どもたちは、各グループごとに行動をする。

そこで、自分が誰かから勇気をもらったなど、感謝を言いたい人には“ありがとうカード”にそのことを書く。

また、相手を見ていて「こんなところを注意したり、直したりすれば、もっと素晴らしいよ」というアドバイスをしたいと思ったら、“ステップアップカード”に書く。

それを回収箱に入れて、翌日スタッフが壁に張り出す。

これらのカードは受取人も差出人も記されるため、自分が相手に伝えたいこと、相手から言われたことが一目瞭然となる。

特に大切なのはステップアップカードで、悪口や欠点の指摘ではなく、相手が成長できるよう愛情を込めたメッセージを子ども同士が送ることにある。

「あなたを認めているよ。一緒にがんばろうね」という承認を添えたアドバイスである。

話す、書き出す、発表する、まずは言語化することで、自分の考えを明確化させ、その言葉に魂を吹き込むのである。

子どもたちは終始緊張の連続だ。表情はピクリとも動かない。

このプログラムは12歳の子どもにとっては、かなり高度なもので、今の段階では話についていくのも目一杯というところだろう。

その後、サムライの指示のもと、塾生たちは、夕食の準備にとりかかった。

その時、ひとりのグループリーダーであるバッカス(キャンプネーム)が、廊下で、しきりにひとりの塾生をなだめているのが目に入った。

私が近寄ると、塾生の青龍(キャンプネーム)が、大泣きしながら「家に帰りたい」と叫んでいた。

早速来たか・・・と私は思った。

この先、何が起こるのかわからない不安に押しつぶされそうになって、逃げ出したくなったのだ。

遅かれ、早かれ、ここに参加したすべての塾生が泣き出すことになる。

そして、その涙が乾いた時、彼らは、本当に弱い自分を捨てて、新しい自分に生まれ変わることができるのである。

* 続きは次回です


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