2011.05.24        

54話: 能登島キッズランド 
        合格達成セミナー(10)

午後5時過ぎ、我々スタッフと29名の子どもたちを乗せたバスは、京都駅の八条口に到着した。

時間の遅れもなく、全員元気な無事の帰宅である。

解散場所にはたくさんの保護者の方々が、我が子の帰りを待っていた。

子どもたちにとっても保護者の方々にとっても長い4日間だっただろう。

しかし、合宿の課題はここに来てもすぐには終えることはできなかった。

子どもたちはバスを下り、指示に従って解散場所で整列した。

各リーダーが子どもたちの点呼を終えると、子どもたちがその場に座った。

それを取り囲むような形で保護者の方々が立っている。はやく我が子の側に行きたくてうずうずしているのだろう。

トレーナーのサムライがその保護者の方々を前に挨拶をした。

「今日で、みなさんのお子さんは合宿の4日間を終えることになりました。みんながんばって、無事にここまで帰ってくることができました。保護者の皆様におかれましては大変心配されたことと存じます」

と言うと、突然サムライがコンクリートの床に正座をした。

「でも、どうしても最後の課題を子どもたちは終了することができませんでした・・・。とてもがんばってくれたのですが、まだ終っていません・・・。これは・・・合宿のトレーナーである私の責任です。本当に・・・、本当に・・・申し訳ありませんでした・・・」

そこまで言うとサムライは土下座して謝った。

お盆休み真っ只中、駅を歩いていた多くの人がその光景に驚き不思議そうな顔をしながら通り過ぎた。

「本当に・・・申し訳ありません!申し訳ありません!」

すべての工程を終えてすがすがしい顔をして戻ってくるのだろうと思っていた保護者の顔に一斉に緊張が走った。何が起こったのかという不安げな表情だ。

「この場を借りて、保護者の皆様に僕からお願いがあります。完了できなかった課題をこの場で、再チャレンジさせてはいただけないでしょうか」

とっさのことで保護者は何も言わなかった。わけがわからないといった様子だ。

サムライは土下座したまま続けた。

「子どもたちは、すごくがんばりました。弱い自分を捨てて、自分の夢のために、真剣にがんばってくれました。本当に、あと一歩のところまで来ています。その姿をお父さん、お母さんの目の前で、最後の一歩を見届けてあげてくれませんか?お願いします!」

サムライは泣きながら訴えた。

しばらく沈黙が続き、パチパチという音がぱらぱらと聞こえ、その後大きな拍手が保護者の中から鳴り響いた。

何が何だかよくわからないが、自分たちの子どもたちの可能性を見守ろうといった様子である。

「ありがとうございます!」

サムライは言うと立ち上がり子どもたちに言った。

「ええか!これが最後や!お父さん、お母さんが見てはるで!できるな?」

「はい!」

今までにないほど一致団結した大きな声が駅構内に響き渡った。

各グループリーダーの指示で、子どもたちが一列に前に並んだ。
 何度同じことを繰り返しただろう。

ラブが毎度のごとく、日本国憲法前文の紙を子どもたちの後ろに広げた。

その様子を初めて見る保護者の顔も驚くほど緊張している。

何しろ前文には難しい言葉や漢字がぎっしりと並んでいるのだ。

「始めます!」

全員が声を揃え、暗誦が始まった。

この京都駅で最後だ。ここで合宿が終わりみんなは解散となる。

駅構内ではたくさんの人がその様子を覗きこんでいたが、いまの子どもたちには恥ずかしいという気持ちは全くない。

自分たちが目指すものは、一番大好きな親のいる前で、この課題を完了さえることなのだ。

しかし・・・・ここでも一人が躓いた。
 サムライやスタッフに今までにない絶望の顔色が浮かんだ。

重い空気が我々一同を包み込み、誰もが言葉を失った。

そんな中、私は声を張り上げて言った。

「はい!ダメ!」

子どもたちは、まっすぐ前を見たまま表情をこわばらせた。

その時、とても印象的だったのは、失敗してしまった子とその母親だった。

失敗した子は泣きそうな顔で誰を見るでもなく宙に目を泳がせた。母親の顔を見ない。

これが合宿前ならどうだろう。

きっと真っ先に母親にすがるような目を向け、心の中で「助けて!おかあさん」と叫んだに違いない。

その証拠に、合宿へ出発する前には母親を見ながら泣き出す子も数名いた。

この様子から、子どもたちは合宿前と後とでは確実に変化し、成長していると判断できた。

ところが母親はというと、自分の子どもの失敗が恥ずかしいのか、まるでその場から逃げ出さんばかりのそわそわした態度を示している。

彼女には「失敗」という事実だけに目を向けるのではなく、大きく変わろうとしている我が子の「成長過程」にもっと目を向けて欲しいものである。

そういった意味で、最後まで課題を完了できずここまできたことは結果的によかったのかもしれない。サムライのあの誠実な対応も保護者の心には大きく響いたことだろう。

他の保護者はというと、子どもたちの失敗を目の当たりにして涙ぐみ始めている。

「自分の子どもを早く辛い緊張から解放してあげたい」という思いでいっぱいなのだ。

親の愛情からくる過干渉がときに子どもの成長の妨げになる。課題を完了できなかった今年だからこそ、それがこの場でありありとわかるというものだ。

私が「ダメ出し」をしたところで、子どもたちは再びチャレンジを行うことになった。
 すでに解散の時間は大幅に過ぎている。

保護者の顔には緊張ではなく、ついに焦りが見え始めた。

そして・・・、その10分後、今度は誰一人つまずくことなく、一語一句間違えることなく、はっきりとした大きな声で、日本国憲法前文を、ついに見事暗誦しきったのである。

スタッフたちが大きな拍手を送ると保護者がそれに続いた。

子どもたちの顔にやっと安堵の表情が浮かび、緊張の糸が切れ涙が溢れた。

「やったな!ようやった!できたやないか!できるやないか!よし!課題が終ったことをこの場でちゃんと報告しよう!ええな?」

サムライが言うと、子どもたちがピシっと並び、全員が大きな声で「完了です!」と言い、頭の上に両手を上げ大きな丸をつくった。

29名すべてが、誰一人落ちこぼれることなくこの合宿を終えた瞬間である。

子どもたちはこれまでにない、いい顔をしている。

再び大きな拍手が保護者の間から起こった。

子どもたちが親のもとへ大喜びで走り寄った。

私はその様子を微笑ましく見ていたが、子どもとの距離を置きたがる親が、その中にひとりいることに気づいた。失敗をした子の母親だ。

子どもが親に近寄ると失敗した子の母親であることがバレてしまう、その恥ずかしさと惨めさが彼女をそうさせたのだろう。

しかし、失敗は合宿中、輪番に起こったものだ。

もし、その子だけがずっと失敗していたのなら、スタッフもこのような手段は取ってはいない。繰り返し言うが、保護者には一時の失敗や成功だけに目を向けず、その過程にある「努力」「成長」「挑戦」にも目を向け、我が子を抱擁するための糸口としてほしいものである。

こうしてそれぞれの子どもたちが、それぞれの家庭に戻っていった。

ふと見ると、あのクララが母親に抱きつき泣いている。

合宿初日に挫折し、お母さんに会いたいとぐずっていた青龍も、母親に抱きついて泣いている。

みな自分のためとは言え、大好きな親のためにがんばると言い聞かせることで、ここまでこれたのだろう。

人は誰でも大切な人がいれば、その人のためにがんばることができる。

そして、誰かのためは、自分のためだということに気付く。

2010年の合宿はこうして幕を閉じた。

あとは、この合宿でかけられた魔法が、来年三月の受験まで解けないことを祈るだけである―。


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