2008/04/28 
2008.09.22  

第10話 「宇宙の美を見る: 魂の教育」

人は宇宙だ。

醜さも美しさも、善も悪も、大きさも小ささも、人間はすべてを持っている。

もし私たちが自分の醜さと関われば、人生は醜いものとなるだろう。小さな自分と関われば、人生は窮屈で苦しいものとなるだろう。しかも何と関わるかは、あなたに委ねられている。

つまり、自分や人の何と関わるかが人間の実力だとも言える。

有限なサムライ時間の中では、人間という宇宙とどのように関わるのかが最大の焦点となる。

私は、ある米国人と共に、朝食を食べていた。 

突然、その米国人は、「初対面ですが、話をしているうちに、あなたを愛してしまいました。」 

私は、初めて会った人に、「愛してしまった!」と言われたのだ。 

しかし私には、不思議に動揺は無かった。

むしろ、「これから何が起こるのだろう」という期待が湧きあがってきた。

そして、私は、彼が、戦後まもなく日本で体験した不思議な話にのめり込んでいった。

あ、そうそう。男なので勘違いの無いように! 彼は、心理学者のスタンデール博士。

彼は、戦後すぐ、池袋にあった芸者ハウス「白雲閣」に住み込み、進駐米軍の記者として、日本の生活特集番組の取材の拠点にしていた。

「どうしても白雲閣に住んでみたかった。だから本当の日本を取材をするためには、基地の外で生活をする必要があると、軍に主張して、ようやく実現したんだ。」

私は「なぜ白雲閣に住みたかったのですか」と尋ねた。 

「白雲閣の芸者達のサービスはすばらしかった。どんなお客に対しても、愛情と尊敬から接していたんだ。 形式的なサービスではなかった。どんな嫌なお客にたいしてもだよ!!

もしこのような人間関係が白雲閣の外でも実現したら、どんなすばらしい世界になるだろうかと思った」というのだ。

彼はこのような人間関係を築ける芸者たちは、どのように育てられるのだろうかと魅せられてしまった。彼は、支配人に「どのように教育するのか」と尋ねた。

支配人は「本当に興味があるなら、その真髄が掴める訓練を受けてみたらどうか?」と告げた。

訓練は女将から受けることになった。

女将は、何の変哲もない平べったい砂岩を、彼の掌に載せた。

「これは何ですか?」と女将は尋ねた。

彼は、「石だ」と答えた。

女将は「本当に石ですね。ありがとう。

その石を持って、明日また来てください」と優しく言った。

次の日が来た。

「女将はまた、それは何ですか?」と尋ねた。

「石です!」と答えた。

「そうですね。ありがとう。明日、それを持ってきてください。」

来る日も来る日も同じことが起こった。

「女将は毎回、優しく、『本当にそうですね』と言ったんだ。

もっと違う視点から観なさいとか、他のことが考えられないのかとか、言わなかった。

私が『石です』と言うたびに、本当に新しいことを発見したかのように、『すばらしい。ありがとう』と言うんだ。

何週間も過ぎたある日、突然、感激が胸に湧き上がってきた。

何度となく、同じ答えをし、同じレベルに居続けていた、かたくなな私を、そのまま受け入れてくれていたことに氣づいた。

その時、女将の愛情が私の胸の中に置かれたような氣がしたんだ。

    

その体験以来、私は女将の所に行かず、3日間その石を見つづけた。

三日目の夜、突然、石の中の模様、ヒビ、粒のひとつひとつが、目に飛び込んできた。

「なんて美しいんだ。この小さな石の中にすべてがある!」と 一瞬に掴んだ。

涙がボロボロ出てきた。溢れて溢れて止まらなかった。

それでも「石の中にユニバースがあり、美があります」と女将に言うことが躊躇された。

「だって、バカな考えかもしれないじゃないか。」

彼は逡巡したあげく、優しい女将がそんなことを言うはずが無いと思い直した。

「掴めたかもしれないので話したい」と女将に申し入れた。

なぜか女将は夕方、広間に来るように言った。

約束の時間に広間に行くと、女将と芸者衆が威儀を正して座っていた。

彼は女将の前に進み出た。

「この変哲もない砂岩の中に、すべてがあります。ユニバースが、美が、あります。」と一氣に話した。

終わると、全員が一斉にうやうやしく私にお辞儀をした。

女将は噛み締めるように言った。

「あなたは今日から芸者です。」

この話を終えると、

「出口さん、私はあなたと話しているうちに、あなたの美しさ、素直さを見たんだ。そして愛してしまった。

別に何をする必要も無い。ただ私の言葉を受け取ってほしい。」

私は、その言葉を素直に受け入れた。愛情で包まれた気持ちがした。

スタンデール博士は、私に日本の芸者の魂を教育する方法を伝えてくれた。

芸者としての人生は短い。その短い期間を「輝くように生きる」方法が存在していた。

サムライ時間に生きる私たちには、「人をどう見るのか?そしてどう関わるのか?」が問われている。それは、「自分をどう見るのか?そして自分とどう関わるのか?」という問いになる。

次回は、何と関わるのかに焦点を当てたい。

                              出口光