2014.12.08    

第17章―13 ガンの特徴と対策 その7
       − ガンは遺伝子の狂いが
        本当の原因か???  (2)

前回にご紹介した、ガン化していない通常細胞の細胞核を、ガン細胞の細胞核と取り替えても通常細胞はガン化しないし、ガン細胞の細胞核を通常細胞の細胞核と取り替えても、ガン細胞はガン細胞のままであるという35年ほど前の実験を私が知ったのは、昨年(2013年)9月、フランシスコ・コントレラス(Francisco Contreras)医学博士のロサンゼルスでの講演でした。遺伝子が収納されている細胞核を取り替えても、通常細胞は通常細胞のままだし、ガン細胞はガン細胞のままで、遺伝子を取り替えたところで実質的には何も変わらないというこの実験を指摘してコントレラス博士は、「ガンは遺伝子の変異が元で引き起こされる病気だというガンの遺伝子説はガタガタだ(Very Shaky)」と言いました。

また、今年(2014年)7月の東京での講演で崎谷博征(ひろゆき)医学博士は、この35年前の実験に加えて、ネズミの乳腺細胞にMyc、Rasと呼ばれる2種類のガン遺伝子を遺伝子操作で植え込んだ実験を紹介されました。この2つのガン遺伝子は、活性化すると細胞をガン化させ、増殖を強力に促すとされています。ネズミの乳腺細胞の少なくとも100万個の細胞で、これらのガン遺伝子が活性化されましたが、実際にガン化したのはそのうち、たったの十個程度でした。崎谷博士はこれらの実験を指摘して、「ガンは遺伝子が原因ではありません」と断言されました。

私は医学の専門でも、遺伝子の専門でもありませんし、医学的な、遺伝子学的な実験に立ち会ったこともありませんから、遺伝子が実際にどうなっているか、遺伝子の変異が具体的にどういうことなのかがよく分かりません。ですから、ガンは遺伝子が原因かどうかを判断するためには、遺伝子学以外のところから証拠を持ってこなくてはなりません。

ワールブルク博士の発見

医学博士で、生理学博士でもあったドイツのオットー・ワールブルク(Otto Heinrich Warburg)博士は、1923年以来、博士の様々な研究が9年間のうちにノーベル賞にのべ46回もノミネートされ、1931年には、呼吸に関する酵素(こうそ)の行動の性質と状態の発見でノーベル生理学賞を受賞、1944年にはニコチンアミド(ビタミンB3)と、発酵のメカニズムとそれに関わる酵素の研究、酸化還元酵素のフラビンリダクターゼ(Flavin Reductase)の発見によって2度目のノーベル生理学賞受賞が実質決まっていたようですが、ナチス・ドイツのドイツ人にはノーベル賞は受賞させないという方針に阻まれて受賞ができなかった、などの目覚ましい経歴を持ち、生化学の分野では20世紀を代表する研究者、と言われた科学者です。医学の分野ではガン腫瘍の研究に力を入れ、酸素(さんそ)が少ない環境で腫瘍が成長することを発見して、ガン細胞が酸素を使わない嫌気性のエネルギー代謝をしていることを突き止めました。

通常の細胞はミトコンドリアで、酸素を使う、好気性と呼ばれる化学反応によってエネルギーを生産します。ワールブルク博士の研究によって分かったのは、ガン細胞ではミトコンドリアが機能しない、あるいは機能できないために、好気性のエネルギー生産ができず、そのかわり発酵の方式による酸素を使わない化学反応によってエネルギーを生産している、ということです。

地球に最初に誕生した生物は微生物で、嫌気性の発酵方式によってエネルギーを生産していたようです。そのうち、これらの微生物が吐き出す酸素ガスが地球上に充満すると、今度はその酸素を使って好気性のエネルギー生産をする微生物が登場した、と考えられています。そして、好気性の微生物が嫌気性の微生物に寄生したか、あるいは嫌気性の微生物が好気性の微生物を取り込んだかして、嫌気性の微生物がある意味、自分の中で好気性の微生物を飼いならしてしまい、この嫌気性の微生物が中に住む好気性の微生物の生産するエネルギーを利用するようになった。こうやって進化したのが私たちの細胞であり、この飼いならされた好気性の微生物が今のミトコンドリアである、という説がとても有力なようです。

私たちの細胞は、発酵方式による嫌気性のエネルギー生産ができます。酸素が少ない環境などでミトコンドリアの好気性のエネルギー生産ができなくなったとき、この発酵方式に切り替えることができます。

発酵方式のエネルギー生産の最大の問題は、ミトコンドリアによる好気性のエネルギー生産に比べて恐ろしく効率が悪いことです。同じ量のブドウ糖から得られるエネルギー量はミトコンドリアの19分の1です。と言うことは、ミトコンドリアと同じ量のエネルギーを生産するためには、19倍もの量のブドウ糖が必要になります。

さらにこの発酵方式は、エネルギー源として使えるのがブドウ糖と、アミノ酸のグルタミン酸だけであるという問題も抱えています。これに対してミトコンドリアでは、このブドウ糖とグルタミン酸に加えて、ほとんどのアミノ酸、脂肪、脂肪から派生するケトン体も使え、エネルギー源が非常に多彩です。

ガン細胞は揃いも揃ってミトコンドリアが働いていなくて、発酵方式でエネルギーを生産しています。ガンは暴走した凶悪で獰猛(どうもう)な細胞の塊だ、というイメージを多くの人が抱いていらっしゃるかもしれませんが、エネルギーがなければ細胞分裂を含む細胞の活動は全くできないわけですから、実はガンは、エネルギー源が極めて限定されているうえに生産効率は恐ろしく悪いという、エネルギー生産に限れば、大きなハンディキャップを背負っているむしろひ弱な細胞である、と言えるかもしれません。実際にガン細胞の細胞分裂のペースは、このハンディキャップのせいか、通常の細胞よりも遅いようです。

遺伝子の変異によってガン化するのだとしたら、そのガン細胞がすべて、わざわざこんな大きなハンディキャップを背負うでしょうか。遺伝子がガン化の主な原因だったら、中にはミトコンドリアがきちんと作動しているガン細胞もあっていいのではないか、と思いませんか。でも、こんなガン細胞があったらそれこそ大変です。エネルギー生産のハンディキャップを背負っていない、細胞分裂をガンガンと繰り返す、それこそ元気で獰猛(どうもう)なガン細胞になるかもしれません。

ガンの遺伝子説を否定する研究者には、ミトコンドリアの停止こそガン化の原因だ、と主張する人が多いようです。
(続く)

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